斎藤ちはるの父はアメフトの斎藤伸明!

斎藤伸明

テレビ朝日のアナウンサー、斎藤ちはるさんの父はアメフトの有名選手のようですね。

斎藤ちはるさんは元乃木坂48のメンバーで、アナウンサーに転職、日テレ入社と同時に「羽鳥慎一のモーニングショー」のアシスタントというエリートポジションに立ったことで話題になりました。

本人の話題性もあったのですが、その父親も有名というのはすごい家族だと思います。

ここでは斎藤ちはるアナウンサーの父、斎藤伸明選手について書いていきます。

斎藤伸明は伝説級のQB

アメフト…アメリカンフットボールのポジションにはクオーターバックというものがあり、それを略してQBと言います。

斎藤ちはるさんのお父さんは社会人アメフトの選手なので、サラリーマンとして仕事をしつつの選手生活をしているみたいですね。

ちはるさんが生まれたころは三菱UFJ銀行で働いていたようです。

2足のわらじ、そのスタミナは尊敬に値します。

現在所属しているのは「バーバリアン」というチームで、1991年に作られた歴史があるチームです。

そしてQBは攻撃の要となる重要なポジションで、注目をあびる立ち位置となっています。

斎藤伸明さんが「バーバリアン」に加入してから戦績は目に見えてよくなったとのこと。

シーズン全勝を勝ち取り、ランクがX3だったチームをX2まで引き上げた実績があります。

アメフト会のイチローと呼ばれているようですね。

一人の人間が入るだけでチームが一気に引き上げられる…チームワークが大事なスポーツの世界では「伝説」といわれても納得できる話でしょう。

しかし全てが順風満帆ではなかったようです。

斎藤ちはるさんの父、伸明さんは「バーバリアン」に加入する前、三菱UFJ銀行のチーム「センチュリアンズ」に所属していました。

しかし大学時代に痛めた肩の調子が悪化し引退。

アメフトと、妻と出会った東洋大学でコーチを始めます。

斎藤伸明さんは銀行を辞めて別の会社で働き始めます。

それはコーチという立場との両立を図るためのものだったのでしょう。

その後、肩が回復した伸明さんは「バーバリアン」でアメフト復帰を決意し、レジェンドと呼ばれるようになったのです。

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斎藤ちはる誕生秘話

伸明さんの叔父はサッカー日本代表として1964年、東京オリンピックに出場していた鈴木良三さんです。

これも驚きですね。

叔父の影響か、高校卒業まではサッカーをしていた斎藤伸明さんでしたが、入学した東洋大学のサッカー部が思っていた世界とちがうことに悩み、懸命に練習する部員に惹かれてアメフト部に入部します。

斎藤ちはるの父、斎藤伸明さんが妻とであったのも、アメフトがきっかけだったようです。

東洋大学生のころ、マネージャーとして入部してきた奥さんは明るく仕事も一生懸命で好きになったとのこと。

結婚後生まれた2人の娘のうち、姉にあたるのが斎藤ちはるさんです。

斎藤伸明さんにはまだ幼いちはるさんにその振る舞いからモデルとしての才能があるのではないかと感じたそう。

きっと奥さんの性格や伸明さんのアメフト選手としての振る舞いも遺伝しているのでしょうね。

その後ちはるさんも、伸明さんもモデルに適正があると考え、子供モデルに応募することになります。

そして様々なCMに出演し、その経歴もあってか、乃木坂48のメンバーに合格します。

いくら子供が望んでいても、親が許さなければ、将来の道は大きく変わってしまいます。

今のちはるさんがあるのは、父である斎藤伸明の娘への理解があったからに他ならないのです。

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斎藤ちはるが芸能界に戻ったのは父のアメフトがきっかけ

斎藤伸明さんが「バーバリアン」でアメフト復帰したのはちはるさんが小学生のころでした。

このころ、斎藤ちはるさんは、友達がほしくて子供モデルをやめていました。

忙しいモデルは、普通の子のように友達と遊ぶ時間がなかったのです。

伸明さんとは反対ですね。

しかし、運動会の日も伸明さんはアメフトの試合でちはるさんを見にいけなかったそう。

ちはるさんはそのことに不満を持ちますが、伸明さんはアメフトでがんばる姿を見せ続け、一生懸命にやりたいことに打ち込むことの素晴らしさを娘に伝え続けます。

その気持ちに、ちはるさんは気づき、子供モデルのころにあこがれた芸能界にまた戻りたいと思うようになります。

そして知っての通りその世界に入ることができたのです。

ちはるさんが自分がやりたいことに気付いたのも、父伸明さんがアメフトに打ち込んで、娘に伝えることを忘れなかっただと言えますね。

その後、ちはるさんはアナウンサーに転職します。

ネット掲示板の話では、テレ朝に入社する前に、アナウンサーを目指す人向けのセミナーに斎藤ちはるさんが出席していたという話があります。
その日は乃木坂のイベントがあったようですが、斎藤ちはるさんは欠席だったようです。

言い方は悪いですが、斎藤ちはるさんは乃木坂メンバーのなかでは不人気と言われていました。

イベント不在も許されるくらいに。

斎藤ちはるさんのアナウンサーとしてのうまいか下手かの評判はどうあれ、アナウンサー転職は自分の経歴を生かした、将来性を考えた選択だったのでしょう。

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